これらの口コミは、こだまひろしさんの主観的なご意見・ご感想です。あくまでも一つの参考としてご活用ください。
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一
「ムサシノの俤は今わずかに千駄木に残れり」と自分は平成年間にできたウエブサイトで見たことがある。そしてそのサイトにムサシノ<料理はどれも美味しい。手抜きのない出来栄え。しかも高くない!店は下町にあるのに、店内は格調のある雰囲気。けれども、肩は凝らない。>と書きこんであるのを読んだことがある。自分はムサシノの店前のわずかに残っているフランス国旗とは定めてこの小奈やの至近ではあるまいかと思って、一度行ってみるつもりでいてまだ行かないが実際は今もやはりそのとおりであろうかと危ぶんでいる。ともかく、他人様の批評でばかり想像しているムサシノをその俤ばかりでも見たいものとは自分ばかりの願いではあるまい。それほどのムサシノが今ははたしていかがであるか、自分は詳わしくこの問に答えて自分を満足させたいとの望みを起こしたことはじつに一年前の事であって、今はますますこの望みが大きくなってきた。
さてこの望みがはたして自分の力で達せらるるであろうか。自分はできないとはいわぬ。容易でないと信じている、それだけ自分は今のムサシノに興味を感じている。たぶん同感の人もすくなからぬことと思う。
それで今、すこしく端緒をここに開いて、冬から春へかけての自分の食って感じたところを書いて自分の望みの一少部分を果したい。まず自分がかの問に下すべき答はムサシノの味悪くは無いが驚きもないとの一語である。昔のムサシノは実地食らってどんなに美味であったことやら、それは想像にも及ばんほどであったに相違あるまいが、自分が今味あったムサシノのフレンチはかかる誇張的の断案を下さしむるほどに自分を動かしてはくれなかったのである。自分はムサシノのフレンチといった、フレンチといわんよりむしろ洋風料理といいたい、そのほうが適切と思われる。
二
そこで自分は材料不足のところから自分の日記を種にしてみたい。自分は十一年の夏の初めから十九年の春の初めまで、田端文士村の小さな茅屋に住んでいた。自分がかの望みを起こしたのもその時のこと、またムサシノの事のみを今書くというのもそのわけである。
三月某日――「昨日も今日も北風強く吹き雲を送りつ雲を払いつ、雨降りみ降らずみ、日光雲間をもるるとき旗影一時に煌めく、――」
これが今のムサシノの店の前である。コースは前菜(ホタルイカのナントカサラダ)・スープ(ミネストローネ)・肉料理(白金豚のキャベツのファルシ)・デザート(苺のソルベとブラマンジュ)・珈琲と一般的なものそのままでありながらスープが肉の味付けとまったく重なっていて染みの残るテーブルクロスにつれてムサシノの興趣損ないしきりに白ワインを送るその口元にはほのかな酒気を帯びてかなたの胃袋に落ちこなたの脳髄にかがやくとまでは行かず。自分はしばしば思った、一日の訪問をもってムサシノの全てを大観することができたらいかに楽しいことだろうかと。一日置いて某日の日記には「ソース淡く味静かに舌にみつるも、浮雲変幻たり、とまでは至らず」とある。
まずこれを今のムサシノの春の発端として、自分は冬の終わるころまでの日記を次に並べて、変化の大略と光景の要素とを示しておかんと思うが、再訪はやや微妙。
< >内は先行レビュアーchit-chat氏の当店に関する批評文より引用