秋近し 口に飛沫(しぶき)は梨李(なしすもゝ) 遥(はる)かに甘き哈密(はみ)の瓜(うり)かな
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穴子 、 (鮑)鹽蒸し
場所柄か、気軽に入れる雰囲気があるので好きです。
こちらの小肌と塩蒸し、酒肴には最高ですね。
そっけない口調とは裏腹に、すごく優しいな。と感じます。
いちど
爪の派手派手な友達と行った時、目を白黒させて「それ、どうやるの。」と質問攻め。
嫌悪感とか理解不能、という雰囲気じゃなく話しかけてくださって楽しかったです。
【北落師門さま】:
>気軽に入れる雰囲気
ええ、とても大事なことですよね。
近頃、西麻布や銀座に次々に新な店が出来ている。
揃いも揃って、パトロンを得て30そこそこで店を持ち、店の設えは何とか工務店、魚は何とか水産、おまかせ主体で、昼でも\5000~、夜ともなると予算二万だなんて、何かおかしいですよ。
彼等の店はごく一部しか行ってませんが、その限りでは確かに色々な面で昔の親方の遣り方より進化している。
「旨い・不味い」で云やァ確実に旨いし、そう云う店があってもおかしくはない。
とは云え、同じような店がゴロゴロ出来るってのは異常だし、普段遣いも出来ない。
ほゞ完全に、こうした高級店と回転寿司に二極分解しつゝある。
その意味で、こちらのような店は貴重です。店により多少差はありますが、こちらを含む鶴八(あるいは(柳橋)美家古)一門って、屋台店の精神を忠実に守っているように思います。
>小肌と塩蒸し、酒肴には最高
確かに!。
握りにも最適です。それと(個人的には)穴子は外せません。この日、時季のせいか、小鰭は半身漬けでしたが、一枚丸ごと遣い、尾に近い部分を落とし、庖丁を中心線に対して直交方向に入れる遣り方はとても好きです。
【MCIA御嬢】:
>そっけない口調とは裏腹に、すごく優しいな。と感じます。
一切無駄口を叩かず、客に愛想をふりまく訳じゃないが、目配り、気遣いは怠りなしです。
それに気が付かないと、たゞの無愛想なおっさんにしか見えない。
>いちど
>爪の派手派手な友達と行った時、目を白黒させて「それ、どうやるの。」と質問攻め。
>嫌悪感とか理解不能、という雰囲気じゃなく話しかけてくださって楽しかったです。
いや、そこまでされたことないなァ。たゞのエロおやじだったりして….。
まァ、人のこと言えんけど…。
御嬢も褒めてるけど、ほんとこゝの穴子は旨いなァ…。
最近行った鮨 山沖、鮨おちあい、鮨処 寿々は勿論、行き着けの喜久好と比べてもピカ一。
鶴八の親父さん元気そうですね。関西に転勤になる前はよくお邪魔したものです。烏森のしみずの大将もここで修行をされた方ですよね。そういえばしみずにも開店直後からよく通ったものです。〆の定番だった鮪のぐじゃぐしゃ巻き、あれは鶴八直伝のものだったのでしょうか。
ただ鶴八では大将以外の弟子が寿司を握っている姿をついぞ見たことがありませんでした。それが絶大な信頼感になっていたような気がします。
確かに立地といいビルの中といい店構えといい一見の客は大衆店と思うでしょうね。小生も最初先輩に高級店に連れて行ってやると初めて訪れたときは、正直見た目ガッカリしましたから、、。
>鶴八の親父さん元気そうですね。関西に転勤になる前はよくお邪魔したものです。
猫背で口数が少なく、健康なんだかどこか具合が悪いんだかサッパリ判りません。
>烏森のしみずの大将もここで修行をされた方ですよね。
はい。
>〆の定番だった鮪のぐじゃぐしゃ巻き、あれは鶴八直伝のものだったのでしょうか。
はい、そうだと思います。
>ただ鶴八では大将以外の弟子が寿司を握っている姿をついぞ見たことがありませんでした。それが絶大な信頼感になっていたような気がします。
神田、新橋、烏森(しみづ)、何れも、親方以外は握りませんよね。そこは大いに気に入っています。
今祇園にまつもとを出している松本君。
しみづの二番手だったんですが、独立する二年位前でしょうか、清水氏から呼ばれて伺うと、親方が居らず松本君が漬け場に。
どうやら常連だけ集め、松本君の練習台にって主旨だったようです。値段は半額。これは例外中の例外だと思います。
>確かに立地といいビルの中といい店構えといい一見の客は大衆店と思うでしょうね。小生も最初先輩に高級店に連れて行ってやると初めて訪れたときは、正直見た目ガッカリしましたから、、。
やはり神田が一番雰囲気ありますよね。先代のころは尚更でした。
>屋台店の精神を忠実に守っているように思います。
所謂「おまかせ」がない、つまり「適度」につまんでいいんだよ、
と無言で語っているところに、そういった姿勢を感じます。
神田も時々伺うのですが、こじんまりとしている分、
夜は、うーん、ちょっと「濃い」かな。先代の頃は伺ってないです。
>「おまかせ」がない
これはとても大事なことだと思います。
「おまかせ」って、鮨を喰うのが目的でない客(接待とか同伴)には都合がいいし、店も楽して儲かる。
店を拡げ、二番手にも握らせた方が利益に繋がる。
それをしないってことは、いたずらな営利主義に背を向け、昔ながらの遣り方を貫いてるってことです。
こういう店は信用出来る。
和菓子屋でも両極端ですよね。
頑なに店を拡げることを嫌い百貨店にすら出さない店。
一方、次から次に支店を出し、銀座の目抜き通りに派手なビルをドーンと建てたり。(建てたんじゃないかも)
>神田:こじんまりとしている分、夜は、ちょっと「濃い」
先代の頃からかなり濃かったですよ。常連度は無茶苦茶高かったし。
なんかの雑誌の鮨特集で(自遊人だったかな?忘れました)、いろいろな高級店が取り上げられていたのですが、
その中で、石丸親方が、
「1万円札が何枚もないと食べられないのは、普通の食べ物じゃないでしょ」←確かこんな内容、うる覚えです
と語っていたのを思い出しました。
まあ☆☆☆店などは、格や仕入れの関係上、高額化するのは仕方ないとしても、
全体が高額化するのは、鮨好きとしてはいただけないです。(実質は二極化か?)
食べログのようなサイトでの情報交換は、こういう点でも有用ですね。
>1万円札が何枚もないと食べられないのは、普通の食べ物じゃないでしょ
全くそう思います。それなりの魚を仕入れ、若い人を使ったら経費がかさむのは仕方ないと思いますが、気軽にまともな鮨を食べられないってのは問題だと思います。
味を求めれば値段・敷居ともに高く、気軽さを求めると味が落ちる。
二極化が進み、気軽ながらもまともに喰える鮨屋ってのがなくなりつゝあります。
『レストラン名』のように、『』で囲むと、レストラン検索のリンクをはることができます。
「http://」で始まるURLは自動的にリンク表示されます。
近頃心惹(ひ)かるは和食(ひのもとのたべもの)、それも鮨ばかり。この日、新橋に降り立つも、ゆゑありて烏森稻荷には足向けること叶(かな)はず、こちら鶴八に。その門構(がま)へ、およそ名のある店とは思へぬ安普請。「御免下され」と挨拶なしければ、すなはち、うら若き女罷(まか)り出(いで)中へと誘(いざな)ふ。
客は漬け臺に二人、座敷には若者ども屯(たむろ)し只管(ひたすら)呑みかつ騒ぐ。鮨十二(とあまりふた)つでおほよそ八千圓也。鯛はなく白身は鮃。鹽(しほ)蒸しの鮑は大きく聊(いさゝ)か硬め。小鰭は半身漬けで鯖ともども〆方はしみづより淺め。梅雨には間(ま)があると云ふに穴子の旨さたるや筆舌に盡(つ)くしがたし。
今をときめく若手、鮨種を寢かして旨味を引き出し、あるひは、切り附けた鮨種を暫(しばら)く置き放ちて、ほどよき暖かさとなす。技を磨き、店の設(しつら)へにも工夫を凝らす。見苦しき捨て舎利なすも稀(まれ)。こゝに於て、御天道樣をも憚(はゞか)らず、年嵩(としかさ)職人を侮(あなど)り、客をも蔑(ないがし)ろとす。
江戸で名のある鮨屋、手鎖(てぐさり)の仕置きとなるほどに妍を競ひ贅を極む。殘る多くは屋臺店(みせ)にて、今に續く店も粗方(あらかた)その流れを汲む。思ふが儘(まゝ)に鮨を摘(つま)みそゝくさを席立つがめでたく、徒(いたづら)に長尻するは野暮。近頃、値ばかり高き店の蔓延(はびこ)るは實(げ)にあぢきなし。
こちら石丸親方、若手と違ひ、無駄口一つ叩(たゝ)かねど目配りをさをさ怠(おこた)らず、握り方にも過(あやま)ちなし。今どき巷(ちまた)に流行(はや)る小賢(こざか)しき形(かたち)とは異なり、古(いにしへ)の姿容(すがたかたち)を留(とゞ)む。鹽(しほ)酢ともに角(かど)がなく、肩の力も拔け、正に圓熟の極(きは)み。
【2006-05-13更新,拔粹】:
・鰈、昆布締め、鯛、鯵、鯖、小鰭、鹽(しほ)蒸し、蛤、鮪赤身、鮪中トロ、穴子、玉子燒き
蛤の椀、菊正一合に御通しを加へ八千四百圓、一つ當(あた)りおほよそ六百圓。鰈の香(かをり)高しと云へど鯛の香(かをり)乏し。昆布〆は昆布の味が強きに過ぎる。この季節に珍しき鯖は脂の乘り、鹽・醋加減ともに上々。小鰭、穴子に玉子燒きは正しく鶴八風。鹽(しほ)蒸しは炙りて出す。蛤は聊(いさゝ)か硬め。
【2005-08-07當時の記録,拔粹】:
先ずは酒(菊正)を冷(ひや)で。今時の若手なれば切子に吟釀酒と氣取るところなれど、家で使ふがごとき味氣無き硝子(ビイドロ)。衒(てら)ふことなく器を傾(かたぶ)く。この日の御通しは煮墨烏賊(すみいか)下足(げそ)の山葵添へ。火の通し加減はほどよし。かくのごときが、春と秋を重ね、鍛え抜かれし技ならん。
・昆布〆、鰈、鹽蒸し、小鰭、鯵、鮪赤身漬け、穴子、玉子焼き
椀と酒を加へ値五千八百八十圓也。一つおほよそ六百圓と銀座で名のある店に比べ廉(やす)め。今までこちらで一萬圓超えたる例(ためし)なし。「昆布〆」は眞子鰈か。前囘〆過ぎなれど、今囘はほどよき加減。さりながら昆布〆にせざりし鰈ともどもやゝ舌に觸(さは)る。少し前に銀座鮨処ととやで味はひし星鰈が數段上。
「鹽(しほ)蒸し」は神保町鶴八にて馴染みたる品。弟子の鮨処しみづをも上囘る大振りな鮑で香(かをり)高し。「小鰭」は季節柄(がら)か新子。二枚漬けを慌(あは)てゝ口に抛(はふ)り込むや、口觸(ざは)りいと滑らかにて、知れず口許(くちもと)が綻(ほころ)ぶ。噛み終はるや忽(たちま)ち強き醋味口にとゞまる。
「鯵」は生を醋洗ひしたるものか。師岡親方の手になる「神田鶴八すしばなし」には柳橋美家古寿司大親方の頃より前は、小鰭のごとく〆朧(おぼろ)を挾んでゐたとある。「赤身漬け」は柵毎湯引きし漬け込みたるもの。首傾(かし)ぐるは冷たさ。舍利は人肌ながら鮨種は冷たき儘(まゝ)。近頃は暫(しばら)し置き放つが常(つね)。
時季の「穴子」も鶴八風で頗(すこぶ)る美味。「玉子燒き」もまた鶴八を思はす。木挽町ほかけや鶴八には及ばざるものゝ漬け臺は飴色に輝く。使ひ込みたる柳刄は小刀の如し。張り詰めたけはひなく釣り錢も使ひ古し。そも師岡親方自身、氣取りたる店を何より嫌ふ。あるひは師岡親方の遣り方を最もよく引き繼くはこちらか。