マイ★ベストレストラン 2008

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食べログ グルメレビュアー

撮らず語り。

撮らず語り。

次回予告「P.Eaterさんへの手紙」

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標準点: 2.5

口コミ: 698 / 12,792 | 写真: 0 / 0 | 読者: 361 | 訪問者数: 182,726

マイ★ベストレストラン

コメント

2008年最大のマイブームは「食べログ」でした。
活字メディアと接することから足が遠のいてから久しいのですが、
レビュアーの方々のセレクト、着眼点、文章、味覚、感性そのすべてが、
巷のグルメ評論家、ライター連中を完全にしのいでいます。
さらに、その上で、どこを選んで、何を食べて、どう感じるかという裁量が食べ手に任されている。
つまり、本来のいい意味での「自己責任」がそこにあるのです。
素晴らしいメディアだと思います。
ネットやブログに対して苦手意識と共に懐疑心がありましたが、
素敵なレビュアーの方々との出逢いがあり、それらは払拭されました。
現在では、できれば「老後の楽しみ」にまで継続したいと願っています。
ここに挙げた10軒中6軒は「食べログ」を通して知ったお店です。
みなさん、そして管理人さんに、心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございます。
そして寿司との遭遇は我が人生をゆるがす大事件でした。
一ヶ月のあいだに四回も『さいとう』に行くなんてことが自分に起こったとは
いまだに信じられません。
ベストご主人賞は『小松弥助』。
ロケーションから客層まですべてを含むベスト空間賞は『くま寿司』。
そしてベストお持ち帰り賞は『ほかけ』です。
2009年もどうかよろしくお願いします。

1位

ひと粒の麦 (たまプラーザ / パン)

口コミ:55

ありがとう。(part.3)

  • 昼の点数:5.05.0

    • 料理・味 5.0
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 5.0
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク -
  • 使った金額/1人(夜) - / (昼) ~¥999

    | おすすめ用途

彼女の「ありがとう」は、支払い時ではなく、注文時に、伝えられる。
あれとこれとあれとこれ。以上で。とオーダーした直後、
彼女は「ありがとう」と言った。
どういうことだかわかりますか?
これが、彼女のパンに対する愛です。

1100前に行ったら、種類が超豊富。
惣菜パン、わんさか買って、その時点で昇天。

カレーパン。こんなにやわらかいカレーパン、初めて。
やわらかいパンにどんなカレーをインすればいいか。
ジョン・レノンじゃないけど「想像してごらん」ってことですよ。
作り手は、想像しなきゃ。想像した上で創造しなきゃ。

こんなもんでいいだろう。
そんなカレーパン作ってて全然平気なパン屋が多すぎる。

おからパンもすごい。
練りに練っているのだが、がんばりがにじまない。
ふわふわと、食べることへの思いやりだけが、
優しく息づいている。

オレンジのパンも、もはや他店と較べちゃ、いけないな。

まあ、失礼かもしれませんが、もはや、
世の中にはひと粒の麦のパンと、それ以外のパンがある。
と断言してもよいと思います。

歩いていける距離にあるけれど。
日常にはしたくない。

だって、それじゃあ、しあわせすぎて、こわくなるもの。


以下は1月31日の記。

追記。

このお店の方は、客に対して「ありがとう」と言う。
「ありがとう」と言えるひとなのだ。
マニュアル通りの、心のこもっていない「ありがとうございます」がはびこる中、
「ありがとう」というカジュアルな物言いに、気持ちを行き渡らせることのできる方なのである。
ひとりひとりに、「ありがとう」と血の通った言葉を語りかけられるひと。
そんなひとがパンを作り、パンを売っているのである。

以下は12月の記。

念願の再会。
黒糖、キャロット、ブール、ゼンリューフン。
やはり黒糖は素晴らしい。
陶酔してしまった。
ネイティヴ・アメリカンに「SUNDANCE」ってお祭りがあるらしいけど。
わたしも太陽に感謝して踊りたくなってしまった。


以下は10月15日に書いたものです。

このお店のすぐ近くに、よく利用する和菓子屋さんがあって、気になっていました。
ただ、いつもシャッターはおりたまま。営業しているところを見たことはありませんでした。
その和菓子屋さんは我が家からは少し距離があって、徒歩圏内ではあるけれど、ふらりと寄る感じではなく、何か目的(妻がどなたかのお宅にお邪魔するときなど)がなければ行かないところです。
雨の昼。学校が休みの子供と一緒にてくてくお散歩がてら、和菓子屋さんを目指しました。ところがお休み・・・しかし、このお店が営業していたのです!
蜃気楼の彼方から忽然とすがたをあらわすオアシスはとても小さくささやかな空間だと思います。
かつての代官山にならあったかもしれない、小体な雑貨屋さんのような趣。たまプラーザ駅方面から向かってくると、ドアをあけるまでパンは見えないしつらえ。雑貨屋さん好きの方ならおわかりいただけると思いますが、こうしたお店ではたった一枚のポストカードがかけがえのない愛しいものに見える魔法がかけられています。
わたしが知るかぎり最小スペースの店舗だと思います。バーでこれ以上小さなところを経験したことはありますが、少なくともパン屋さんでは最小。
飲食店を営まれているとはとても思えない、とても品のいい初老のご婦人が迎えてくださいます。
ご婦人は「ありがとね」とおっしゃいます。そのあまりに優しく慈しみのこもった言葉のありように、最初は子供に対して語りかけているのかなと思いましたが、やがてわたしたちふたりに言っているのだとわかりました。おそらく訪れる客全員に「ありがとね」と伝えているのです。
小さな食パンが一斤だけ残っておりましたが、とりあえずスルーして、ガラスの向こう側にあった5種類のパンをすべて一個ずつ購入しました。
家族3人でわけあって食べました。
突出しているのは「黒糖パン」です。
これが五つ星でなかったら、何が五つ星なんだろう。個人的にはそう確信しています。
黒糖といっても甘くはありません。酔わせてくれますが、黒糖焼酎などよりはるかに抑制が効いています。
陶酔の先にある覚醒。
あまり美しくないたとえを申しますと、二日酔いの朝、きんきんに冷えたエビアン(普段は龍泉洞の水を愛飲しております)と共にいただくやはりシャキーンと冷えたイチゴみたいな。
やわらかいのに、どうしようもなく噛みしめずにはいられなくなる魅惑。
天然酵母の力を、このような所作で招き寄せ、表現しているパンをわたしは知りません。
パン道に邁進しているパン屋さんのほとんどはハード系で、元来パン大好き人間ではないわたしはくたびれてしまいます。お酒が飲めない人が、無理矢理飲んでいるような状態。「確かに美味しいけど、疲れる・・・」。
あるいは食べやすさに傾斜したソフト系のパン屋さんは、単純に食べごたえに乏しい。菓子部分や惣菜部分の印象が強く、それはそれで旨いのですが、パンそのものの存在感が希薄。
間口がひろいのに、深い。
飲食にかぎらず、あらゆる芸術表現において、わたしが理想として願っているのはそういうことです。
こちらのミーハーごころを、敬虔な魂のレベルにまで昇華する誘い。
最強ではなく、最良。
他店と比較することに、わたしはほとんど必然性を感じませんが、あえて記すなら、こちらの「あんぱん」はたまプラーザを代表する名店(わたしも愛しています)のそれを完全に凌駕しています。それも天使が舞いおどるように、ふわふわと。
優雅にして、ゆるぎなく。
絶対というものは存在しない。子供の頃、そう教わりました。「絶対は、絶対存在しない」と。
けれども、わたしは絶対の価値を追い求めてきたような気がします。
ようやく、見つけました。これが絶対というものです。
こちらの「あんぱん」は日本一の「あんぱん」だと思います。でも、「最高」の上には「絶対」が存在する。それが「黒糖パン」です。
孤高然としたもっともらしい威嚇をさらりと捨て去った風情の果てに出現するのは、真新しいキャンバスです。
ほんとうの普遍を手にしたとき、人間は新しくなれる。
人生は発見の連続ですね。

2位

くま寿司 (蒲田、蓮沼 / 寿司)

口コミ:32

  • 夜の点数:5.05.0

    • 料理・味 -
    • | サービス -
    • | 雰囲気 -
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク -
  • 使った金額/1人(夜) ¥10,000~¥14,999 / (昼) -

    | おすすめ用途

9月15日。

最も大切にしているお店のひとつなので、誰かを連れて来るのは2回目。
仕事仲間だけど美女なので緊張。
穴子の肝焼きが抜群。
ややネタに元気がなかったか。しゃりが硬くなっててびっくり。
ビールグラスが薄手のものになっていて少し違和感。


4月12日。

蒲田で仕事。なので「お久しぶりです」。

いやあ、変わってない。っていうか、味が出てる。

約7ヶ月のうちに、まあ自分なりにいろいろ寿司屋行ったけど。こちらのしゃりの酢のきかせ方がいちばん好きなんだと再認識。あと、塩加減ね。もちろん、酢も塩も感じさせないすめしも好きになってはいるけど、やっぱりここが安心できる。結局、自分はネタのためにしゃりを喰らってるわけではないのだった。すめしのためにネタをのっけてもらってるのだった。いま、酔ってるので、まともなことは書けないけれど、おすすめしたいとか、この味を共有したいとか、もはや思わないです。

もう、とにかく好き。

としか言いようがない。ってことはダントツかな。理屈のつく店はたくさんあるけど。

今日の発見は、意外に下町だったってこと。常連さんに対するご主人の客あしらい。いいねえ。落語かと思う瞬間が何度か。わたし、江戸っ子じゃないけど、粋だなあと思っちゃいました。素敵。昨日観た桂歌丸のサゲに匹敵するぜ、ご主人。マジで。

エビス黒、サッポロ赤星×2、こはだ&鉄火巻追加、で、握りおまかせが、ジャスト! チーン。

文句ないです。

わたし、来るなら、ここです、やっぱ。


9月16日。

開店時の1800から。友人とふたりで。
その後、ひとり客が時間差でふたり来た。

はしおき、入りました(祝)。

友人は基本的に日本酒飲まないので、終始エビスビールで通した。ふたりで5本だったかな。

初めて、つまみからのおまかせ。

刺身。って、まず、字面が嫌い。
胃が痛くなるような字面だよなあ。

「くま寿司」の刺身は刺身じゃなくて「さしみ」って感じ。
おなかにやさしい。
突き刺さるような刺身じゃないんだ。

たこ。
ここのたこ、だーいすき。
さしみで食べても、握りでいただいても、最高。

たまご。
初めて、たまご、食べられた。
スフレみたいな、キュートで、いたわりの気持ちがある逸品。
あまい。
3歳の女の子の指にふれるみたいな、幸福感。

お寿司と同じネタをたくさん、さしみでいただいた。
あなごも、すめしなしで食べると、これはこれでとっても素敵。

さしみ、食べた。食べた。こんなに食べたの、初めてかも。

でも、握りだって、しっかりいただくのさ。

いかにはじまり、いくらの海苔巻きで終わるまで。
しこたま食べた。食べた。寿司屋でここまでおなかをふくらましたのは初めて。
あ、ビール効果もでかいな。

最後に入ってきた青年が、こちらの寿司に感動していた。
ご主人は彼の感想に丁寧に付き合っていた。
とてもよい風景。
よい店は客に恵まれている。
わるい客にならないようにしなきゃ。

今日は、すめしがきりっとしてた気がする。

友人とたくさんおしゃべり。
2時間ほどの滞在。

次はひとりで来たいな。

くま寿司、大好き。


9月12日。

明日、大地震が来るって本当なのか。
という思いがあったからではなく。
三連休開けに、友人と来る約束はしていたが、やはりその前に来なきゃ、と。
月イチの人前仕事。今月は新橋ではなく京橋。
京橋から蒲田はちと遠い。でも、行っちゃった。

案ずるよりも産むが易し。
なのか?

席は満杯。七席あるけど、六席うまってれば、事実上入るのは無理。
「ちょっと待っててね」とご主人。
ちょうど真ん中のかどっちょの席に座って、ビール。サッポロ赤星。
客層、良好。サラリーマン三人組、結構飲んでたが、品行方正。
隣の常連さんも、ご主人とだべってたけど、嫌らしさは皆無。
あとのふたり連れもイマフウなれど我関せずの風情がなかなか。
ご主人と男七人。一瞬、沈黙が流れたりなんかして、嗚呼既に「雰囲気★★★★★」。

やっぱり握りおまかせ。

生まれて初めてカップ酒、飲み干した。っていうか、二本飲んだ。
あと、黒ビールも。
カップ酒、学生の頃からどーしても苦手で。でも、いま、すごいいろんなのが揃ってるんだ。
静岡の「NYAN CUP」。純米吟醸。おすすめ。猫が描かれたカップがナイス。

もう無敵。
つべこべ言わない。
いくらの海苔巻き、家庭的美味。
おかわりしちゃった。

迷惑そうなご主人。
ごめんなさい。
「まだ食べるの?」って顔。

気がついたら、常連さんとふたり。

やがて私ひとりに。

ビール、カップ、カップ、黒ビール。
黒ビールが鉄火巻きに合う。
発見。

酔った、酔った、酔っ払った。

ご機嫌で、さようなら、また来ます。
電車乗り過ごして、知らない駅で下車。
タクシー。乗ったら、運ちゃん、地元が蒲田だって。

「くま寿司、行きなよ。くま寿司、最高だよ」

ようやく帰宅。

あ、持ち帰ったつもりの「NYAN CUP」。電車に忘れちゃってた。

明日は金沢出張だ。

(以上、酔っ払ったまま書いてました。2時間半の滞在)


8月19日。

月に一度の新橋夜仕事の日。
しかも今夜は、私が最も敬愛している方とご一緒して、人前に立つ仕事である。
うまくいこうが、いくまいが、終わったら、ひとりで飲むことは決めていた。
ヤケ酒になるか、祝い酒になるか。どちらも覚悟の上だ。
昨日、寿司屋の連チャンをしたため、さすがに寿司を食べたい体調ではない。
だが、時間的に、寿司屋が最も適している。
新橋。
なら、清水の舞台から飛び降りるつもりで、夜の鶴八に向かってみるか。
そんなことも一瞬、考えた。
だが、新橋から蒲田が意外に近いことに気づき、その店の営業時間が一応2400までとなっていたことから、決意した。
くま寿司。に行こう。
だが、電話番号は掲載されていない。今日営業しているかどうかもわからない。行ったところで入店できるとは限らない。だが、私の気持ちは、もはやそこにだけ向かっていた。
仕事が無事に終わり、意気揚々とJR京浜東北線に乗り込む。
上々の気分で蒲田駅に降り立ち、まったく迷わず辿り着く。
ところが、のれんが出ていない。電気はついているが、閑散とした雰囲気。
しまった。ネタが終わって、もう店じまいか?
おそるおそる「まだやってますか?」と尋ねると、ご主人は黙ってうなづいた。
「ここから取ればいいんですよね」と言いながら、私はビールを取り出す。瓶ビールがいろいろ揃っている。黒ビールもある。黒って寿司に合うのかな。サッポロの赤星を選ぶ。自分で栓をぬくのって気持ちいい。無造作に置かれた栓ぬきも愛らしい。
ビールはよく冷えている。コップも清潔だ。
ガリ。形状は普通、水っぽいタイプ。だが、塩のきかせ方が絶妙。派手さはないが、ずっとずっと連れ添いたいガリだ。
握りだけのおまかせを。
ご主人はほとんど口を開かない。黙ってうなずく。
話しかけてほしくない人のことはわかるつもりだ。私も初対面の人間にできれば話しかけてほしくないほうだからだ。
ふたりっきりの店内は、しばらく静寂に包まれた。
黙って握り続けるご主人。黙って食べ続ける私。心地よい時間。心地よすぎる時間。
大きな手。やわらかそうな手。寿司というより、おにぎりを握っているように見える。大ぶりというわけではない。握っているご主人の姿かたちが、おにぎりの優しさをイメージさせるのだ。
はたして、しゃりはやわらかめであった。だが、同時に、おにぎりのような密度もあった。弾力性の中に、かたさがある。しっかりしているのだが、人肌というものがはらむ、穏やかな気ままさ、あるいは鷹揚な脱力といったものが、無造作という名の調和の許に、散らばっている。
人肌には、優しさと芯が、共存している。
山葵は最小限。
時間的にもう終わってたのだろう。〆たものは出なかったし、白身の印象もない。例によって、何がどんな順番で出たか、何貫食べたか、まったく憶えていない。
透明感が原チャリで全力疾走してるみたいな「いか」で始まり、何でもないことがたまらなく抱きしめたくなる「かんぴょう巻」で終わった。
あっつあつの「穴子」二種、冷たさがたとえようもない幸福感を運んでくる「えび」、その大きさとやわらかさに包まれる「たこ」などがあったが、大部分は赤身と光物が占めた。
それらのネタはハードコアである。
私は、鰹が苦手で、鮪にありがたみを感じないし、トロなどなくても一向に構わぬ、旬の鯵や鰯などにも負けてしまいがちな、そもそも寿司屋めぐりなど、ちゃんちゃらおかしい、へなちょこ男である。
なまもの。というより、いきもの。
そんな迫力があるネタ。本来、これは不得意なタイプの寿司である。
なのに。
これが、素晴らしいとしか、いいようがない。
第一の理由は、しゃりに受け止める力があることだ。そして、煮きりが、少なくともこれらハードコア系のネタには絶妙な作用を与える。
意識するにせよ、しないにせよ、気がつけば噛みしめている。
ほどける、とか、溶けていくとか、そういった傾向のものではない。
口の中が、実験室になる。
ネタが噛み砕かれ、しゃりと交じりあっていく。
爆発は起きない。最良の化学反応だけがある。
酔わせる寿司ではない。圧倒する寿司でもない。
覚醒を導く寿司である。
いや、素手で覚醒をつかみとる寿司だ。
おそらく、食べ手それぞれが。

私の人生で最高のひとときは、終わった。

ご主人にお礼を言った。
寡黙だと思っていた彼は、考えていたより話せる人だった。
「もっと美味しいお寿司は他にありますよ」と笑った。
お茶が美味しかった。

ちょうど8000円。

私の最良の食体験は、終わった。
これからの自分に、もし、まだ、できることがあるとしたら、
来週か再来週、この店にまた来ることだけだ。


3位

小松弥助 (野町 / 寿司)

口コミ:185

生きててよかった。

  • 昼の点数:4.54.5

    • 料理・味 4.5
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 5.0
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク -
  • 使った金額/1人(夜) - / (昼) ¥6,000~¥7,999

    | おすすめ用途

美しい言葉があるのではない。
言葉が美しくなるのだ。

そんなフレーズを目にしたことがある。
誰が言った言葉かはわからない。
私はいまこう思う。

美しい寿司があるのではない。
寿司が美しくなるのだ。

美しくなる、とはどういうことか。
小松弥助の寿司はそのことを教えてくれる。

急遽決まった金沢日帰り出張。
いてもたってもいられず、こちらに予約電話。
土曜の昼間。
1130~1230までならいいですよ、
となんとかもぐりこむことができた。

方向音痴の自分が迷わず辿り着けたホテルの一階。
5分ほど早めだったが、もう一組先客がいた。
カウンター、ご主人のまん前の特等席に案内される。

「●●●さん」
と、ご主人は私の苗字を確かめるように声をかける。
慈しみのこもった、けれどもヌケのいい語りかけだ。
「はい」
私は思わず、大好きな先生の前に立った生徒のように嬉しくうなずく。

お茶。
二日酔いである。
寿司の食べ歩きを始めてからは初めてのしらふ寿司。
ややつかみづらい湯呑みに注がれたお茶が美味しい。
濃い目のしっかりしたお茶で私の好きなタイプだ。
きっと寿司にもよく合うはず。

ガリ。
水っぽいタイプ。小鉢で供される。
辛さよりも甘さが先行している。酸味はほとんど感じない。
きりっとしすぎず、親しみのあるガリだ。
お茶でいただくなら、このぐらいやさしいほうがいい。

まん前の席に座ると、あまりに近すぎてご主人のお顔を見ることができなくなる。
表情などを楽しむのには、少し離れた斜めからのほうがいい。全貌が見渡せる。
今日の私はご主人の手の動きだけをかぶりつきで見ていた。
ものすごいダイナミズム。
ご主人は塩を豪快に振るので、その塩がはねて、こちらに飛んでくることもある。
まさしく相撲のかぶりつきである。

ご主人の手さばきは流麗ではない。しかし、ものすごく速い。そのスピードにお弟子さんたちはついていくのに精一杯だ。ご主人は速度をゆるめることなく、ときにはお弟子さんたちの用意を追い抜き、自らすべてをこなしていく。だが、強引ではない。それはそれでもはや当たり前の光景として目の前にある。お弟子さんたちも焦ってはいないし、ご主人もいらいらなどしていない。勢いを留めることのない健やかな手順だけがそこにある。
ぎっこんばったん。
まるで大工さんみたいな動きだ。
素人からすると無駄のある動きに見える。少しパフォーマンスも入ってるのかなとも思う。
ステップを踏んでいるようには見ない。ダンスをしているようにも見えない。洗練された動きではない。だが、ご主人ならではのリズムがある。そのリズムから目が離せない。
しいて表現するならば、そのリズムは「ドラムンベース」である。一世を風靡したダンスミュージックの一定型。ご主人のスピードはテクノかガムランに相当するほど緻密で乱れがないのだが、彼が見せる動きには不安定な中の安定がある。「ドラムンベース」の変拍子が私の脳内を駆け巡る。

いか。
しょっぱなから、食べたことのないものが出た。
刻まれたいかの細さが、豪快に振られた塩と相まって、有無を言わさぬ旨さと繊細な甘みが手と手を取り合っていた。
そこからは、一工夫あるものが、大らかに、晴れやかに、ふるまわれていく。
ご主人の明るさが全面に出た、心から美味しいと思えるものばかりだ。

づけ。
美しい。こんな綺麗なづけは見たことがない。
鮪はぽちゃんと放り込まれた。まるで家庭料理みたいな所作だった。
けれども取り出されたそれは、匠にしか生み出しえない透明な輝きがみなぎっていた。
窓から射し込む自然光。
クリアでピュアな色彩。そしてガラスの芸術品のような握り。
口の中に入れると、やはり綺麗な味がした。
鮪が綺麗に生まれ変わった。

食べてから私は言った。
「綺麗ですね。綺麗なづけですね」
ん、とご主人は嬉しそうに微笑んだ。
それからしばらく、ふと思い出したように、何度か
「づけ、綺麗か。そうか、綺麗か」
と、独り言のように繰り返されていた。
これだけ美味しい寿司を長年にわたって握ってこられた方である。
客に絶賛されることなどもはや日常だろう。
なのに、どうして、そんなに、嬉しそうなのだろう。
随分経ってからも、他のお客さんのづけを握るとき、
「づけ、綺麗か。そうか、綺麗か」
と、づけに語りかけるように、反芻されていた。

水茄子は口直しではなく、一品と呼べるものだった。
そこにこのお店の姿勢がかなりよく現れている。
手をぬかない。でも、あっけらかんとしている。

穴子をいただいたとき、背中をかけあがる多幸感があった。
私は身震いした。寿司を食べて震えたのは初めてだ。
「しあわせです」
私は言った。
「私も、しあわせ」
ご主人は言った。

どうしてそんなことが言えるのだろう。ごく自然に彼はそう応えた。
芸なのだろうか。わからない。わからないけれど、これでキャッチザハートされない客がいるのだろうか。何の躊躇もなく、心のこもったことが言えるひと。私はさらにしあわせになった。

しあわせには際限がない。

鰻と胡瓜の手巻きはあつあつで、手渡される。
まるで握手みたいな瞬間。
心から美味しいと思える。
手渡すことのできないテーブル席のお客さんには、巻き方も変えて、憎い盛り付けで供される。
心があるんだ、ここんちの寿司には。

後半はずっとフィッシュマンズというバンドの「感謝(驚)」という曲が自分の体内で流れていた。
感謝と驚き。
このご主人の存在は、ひとつの奇蹟だと思う。

すべてが完璧なわけではない。弱い寿司もあるし、パフォーマンスが優先されたものもあった。
でも、そんなの関係ねえ。

「鯵、いける? いってもいい?」
「ネギトロ巻こうと思ってるんだけど、いいですか?」
ご主人の愛らしく茶目っ気のある声がいまも残響している。

生きててよかった。


4位

鮨 はしぐち (麹町、四ツ谷、永田町 / 寿司)

口コミ:70

天国が降ってくる。

  • 夜の点数:5.05.0

    • 料理・味 5.0
    • | サービス 4.5
    • | 雰囲気 4.0
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク -
  • 使った金額/1人(夜) ¥15,000~¥19,999 / (昼) -

    | おすすめ用途

もう10日以上も都心に出向いていないのですが。

思い返すのはこのお店のことばかり。

なんというか。

目に見えないくらい淡いブルーの夜明け。

とでも申しましょうか。

ちょいと恋焦がれちゃってます。

おもひでがどんどんおおきくひろがって。

だきしめられちゃう感じ。

こんなのはじめて。

点数あげます。

これも初めてかも。


以下は2008年11月27日に書かれたものです。


深呼吸して書こうと思う。

久しぶりに書き出しが見つからない。

「水のような」という形容詞が、日本酒に対してあるけれど。本当に美味しい日本酒は水よりもはるかに軽いと、わたしは思っている。

ここのしゃりは、水より軽いと思った。

米粒は大きい。粘着力はあるし、口内にへばりついてくるしぶとさもしっかりある。だが、酢や塩が突出することが一切ないから、澄みきった風情のまま、絶対零度の地点まで降りていく。

そう、これは落下する寿司だ。

何度か自分が小動物になった気がした。たとえばネズミが、鷲などに仕留められ、そのままふっと宙に浮く気分。そんな彼方に連れ去られる感覚とともに、何処かに落ちていく予感がすーっとある。

決して好みのすめしではない。酢も塩ももっときいていたほうが寿司を味わえるし、米粒の形状だってここまで明確に感じさせてくれなくてもいいと思う。すっきりしているけれど、はっきりしすぎてもいる。いわゆる淡いすめしではなく、輪郭はどこまでもクリアで、ちょっとたじろぐ瞬間も、後味的に何度かある。

けれども、ゆるぎない抑止力が、すべてを調和させている。
乱れがない。おそろしいほどに。

しゃりがネタにくるまれるような錯覚に陥ることが二、三度あった。
基本的に冷たい寿司である。おにぎりのようなぬくもりは微塵もない。
だが食べている自分自身も寿司にくるまれていくような感覚が幾度かあった。

ご主人の口元はくっとあがっている。
その様子はライティングによって笑っているようにも見えるし、
ひどく無表情にも思える。能面がそうであるように、見る者の見る角度によって、
印象は変幻する。わたしはときおりトーテムポールを思い出しもした。
ご主人の顔は彫りが深い。

何貫だったか途中までは数えていたのだが、イチノクラのおかわりをしたあたりから、
例によってどうでもよくなった。
穴子になりますがどうしますか、と言われたので、ツメと塩と両方と。
そのあとで何か巻きますか、と言われたので、入店してからずっと気になっていた、ご主人の背後に置かれてあったたくあんで、たくあん巻を。それだけだ。

ガラスケースから見える玉子がとても美しいので最後はこれでと思っていたが、かんぴょう巻を食べて、あらゆる煩悩から解脱できたような気がした。
のりと、すめしと、かんぴょうが一体化している。
緊密にひとつになりこちらに迫ってくる。
天国が降ってきた。

それ以上なにもいらなかった。

ガリはしゃりに似ている。
辛味と塩気がほとんどなく、ほのかに甘みが残るタイプ。
しかも超薄切り。
イチノクラに清涼感を与え、ニュートラルなポジションを絶対にくずさない。
ものすごく清潔。

じわじわボディーブローをきかせてくるお茶の粋。

素晴らしいものは言葉を重ねるほどに台無しになる。

とにかく、比較対象が何も存在しない、スペシャルな食体験を、わたしは味わった。

5位

セピアの庭で (神泉、渋谷 / 喫茶店、コーヒー専門店)

口コミ:32

モカマタリ。

  • 夜の点数:4.54.5

    • 料理・味 4.5
    • | サービス 4.5
    • | 雰囲気 4.0
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク -
  • 使った金額/1人(夜) ¥1,000~¥1,999 / (昼) -

    | おすすめ用途

コーヒーには全然詳しくありません。
「香味焙煎」を愛飲している、へなちょこです。
ですが。

ここんちの「モカマタリ」、超美味しかった!
人生最高のコーヒーといって過言ではありません。
豆のことはよくわかりませんが、たぶんご主人のコーヒーの入れ方、
供し方によるところ、非常に大。だと思います。

温度で圧してこないコーヒー。
一口ふくむと、夜明けの湖のような静けさが、身体全体をつつみこみます。
すごいなあ。
苦味でも酸味でも甘味でもなく、濃かったり薄かったりでもなく。
やさしい。
としか言いようのないコーヒー。

レアチーズケーキ。
これがまた逸品でして。
硬さも質感もこれ以上でもこれ以下でもないという
ぎりぎりの頂に立っている感じ。
一切れつまみ、そして「モカマタリ」をいただくと、
嗚呼、なんという安堵でしょう。
心の贅沢とは、こういうことだと思います。

古風なしつらえは清潔。カウンターの落ち着きも素晴らしい。
寡黙なご主人とふたりきりでも、息苦しさは皆無。
空中で時間ごと停止してるみたいな、のんびりを味わいました。

六本木、恵比寿、渋谷と移動したハードな一日。
最後の仕事に向かう前に、こちらでいただいた幸福な時間のことを
私は一生忘れません。

ありがとうございました。

6位

鮨さいとう (溜池山王、国会議事堂前、虎ノ門 / 寿司)

口コミ:211

  • 夜の点数:5.05.0

    • 料理・味 5.0
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 5.0
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 5.0
  • 昼の点数:5.05.0

    • 料理・味 5.0
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 5.0
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 5.0
  • 使った金額/1人(夜) ¥20,000~¥29,999 / (昼) ¥10,000~¥14,999

    | おすすめ用途

追記。

と思ったら、いっぱいで書けなくなりました。
ので、日記に書きます。
ご興味があれば、お読みください。


2月5日

「半年ぶり、ぐらい?」
 さいとうさんが、さわやかな笑みを投げかける。すごいなあ。よくおぼえてるなあ。そうです。6ヶ月とちょっとです。
 年末から大事な仕事仲間に、連れてってとせがまれていた。わたしがずっと忙しくて。。。なんと、外で飲むのは今年最初。それが「さいとう」でやっぱりよかったな。
 すめしの酢が少し強いような気もしないでもないけど、さいとうさんのお寿司は何も変わっていないような気がした。日本酒飲むの、すごく久しぶりだったけど、カゲトラはやっぱりカラダに合うなあ。もっと飲みたかったくらい。
 ただ、人と一緒に来ると、どうしても味わいきれない。しゃべってると、何かが逃げてっちゃう気がする。つまみも、にぎりも、最高だったのにな。
 「さいとう」初体験の友人は感動しまくり。特に、いかに感激していたのは、わたしも初めてのときそうだったので、すごくうれしい。
 また、ガリでびたびたやりたいな。いまの仕事が片付いたら。ひとりで昼、また来よう。
 さいとうさん、今回はたこが抜群に旨かったっす。


7月16日

12日ぶり、四度目の来訪。昼、18貫。追加で、こはだ、玉子。カゲトラ、大量。
何度か泣きそうになり、実際、何度か泣いたと思う。
もう、さいとうさんの寿司の秘密を探ることはやめた。
美味しいものがなぜ美味しいか。そんなこと考えながら食べるのは、意味がないし、どのように美味しいかを描写することも、不毛な気がするからだ。
今日は、目の前に置かれた寿司をしばし凝視する気持ちがあった。沈む、というより、ほんのちょっぴり、よろける寿司。やっぱり可憐だ。愛しくなる。
7席あるうち、6席がうまった。外国人男性と日本人女性のカップル以外は、すべて男性ひとり客で、そのうちのひとりが最低限の質問(産地などの)を何度かした以外は、さいとうさんに話しかける人は皆無だった。私以外の三人の男性はいずれもなじみの常連さんであるようだったが、だからこそ馴れ合いの会話はなどは一切なし。個人的にはこれがよかった。なぜなら、寿司に集中して握っているさいとうさんの姿をじっくり見つめることができたから。
思い込みかもしれないけど、やっぱりさいとうさんの姿は何か祈りを込めているように見える。それは、たまらないものだった。
寿司求道者ばかりが集うサロン的な雰囲気ではない。そういう演出された緊張感は微塵も漂わない。健やかな静謐さがある。これもまたお店の人格だと思う。
さいとうさんのおつまみも好きだし、お客さんの相手をするさいとうさんも好きだ。でも、いまは昼のほうが自分にはぴったりくる。
その日、どんなお客さんが来ているか。それは誰にも選べない。この日は最高のひとときだった。なので、点数あげました。
ちょっと困るのは、これまでも薄々感じていたことだけど、他の寿司屋に行くと、何か自分が不貞を働いているような気がしてしまうこと。あざみ野「逸喜優」は、自分にとって寿司の美味しさを教えてくれたという意味で「実家」みたいなものだけど、とりあえずしばらくは「さいとう」にしか行きたくない。そんな気持ちになっています。いまの自分にとっては「さいとう」があれば、何もいらない。
次は昼の10貫で、しらふ寿司に挑戦。したいなあ。カゲトラの誘惑をかわすことができるのか。自信はないけど。
寿司の神様がいるとして、その神様にさいとうさんは選ばれたのだと思う。でも「寿司」がさいとうさんを選んだことより、さいとうさんが「寿司」を選んだことにいまは感謝したい。恥ずかしいけど、本気で思っていることなので、不躾ながら、帰り際にさいとうさんにそう伝えた。
「ありがとうございます。寿司を選んでくれて」と。


以下は2008年7月4日に記したものです。

三度目、三週目。
先週ははしゃぎすぎてしまった。久しぶりに飲む大切な友人とふたり、おつまみたくさん、お酒びたびた、お寿司を味わう余裕がなくって、ものすごく失礼をしてしまった。反省。
今日は初めてのお昼訪問。
しらふ寿司。のつもりが、席につくと、ついカゲトラを。15貫。
酔っていても、酔ってなくても、初めてでも、三回目でも。
さいとうさんのお寿司の正体はまったくつかめず。
何なんだろう。
プチフールみたい。とは最初から思っていたことだけど。極上のケーキを頬張ったときみたいな、えもいわれぬ幸福感が、さざなみのように、じわじわとこみあげてくる。
きゅんきゅんする。自分が女の子になったような気もする。しあわせだあ。
みんな、好きになってしまうんだよなあ。
さいとうさんその人の魅力に負うところはめちゃくちゃ大きいのだけれど。でもそれだけじゃない、決してつかめないものを、つかませてくれる、そんなお寿司。私はまだ、全然つかめてないけど。
誤解をおそれずに書けば、魔法みたいなんだよなあ。
これは寿司じゃない。と書く人がいてもおかしくないと思う。少なくとも、自分が知っている寿司的なるものからははるか彼方に飛び立ってしまっている。
ガリ、今日が最高でした。★5つ。カゲトラにめちゃくちゃ合う。
お茶の美味しさも、強く認識。★4つ半。後半はお茶で食べたけど。でも、やっぱり、カゲトラは欲しいかも。だって、より一層、美味しくなるのだもの。
ふたり寿司が三回つづいた。やっぱり次はひとりで食べなきゃダメだな。
来週、来れるかな。来たいなあ。
お店に、初めて恋してしまった。

以下は2008年6月18日に記したものです。

さいとうさんが握る姿は、アスリートみたいだと思った。
それは、彼が体育会系の風貌をしているということではない。
確かに、硬派な顔つきであり、健やかな瞳の持ち主ではある。だが、そうしたルックスから想起されるものとは、別種のものが、所作に宿っている。
慎重である。だが、神経質ではない。ひとつ、ひとつ、丁寧に、精神を集中させている。
その様は、何かを手繰り寄せているようでもあり、何かを注入しているようでもある。
清んでいる。だが、空気が張り詰めているわけではない。儀式めいた威圧感とも無縁だ。
おそらく、それが、彼にとって、当たり前の行為だからだろう。
たとえば陸上選手が、スタートする少し前に、意識の中から、自分が走り出すために必要な、そして有効なイメージを取り出し、明確に、具体的に、かたちづくっている。そんな印象をもたらすのである。

そうして紡ぎだされた寿司は、スピードや重量感よりも、どこかスローモーションを思わせるテクスチュアがある。
小ぶりであるとか、すめしが甘めであるとか、そうしたことはどうでもいい。
可憐、と形容すべき、その寿司を受け取り、己の口の内部に到達させるまでの自身の手の動きが、安直な陶酔とは異なる、ここではないどこかに飛び立たせるような魅惑のスローモーションを、ごく自然に奏で、つい、我を忘れそうになる。
生まれたて。を、いただいている気持ちが、その都度、その都度、訪れる。
だが、敬虔な気分というよりは、ときめきの元素に触れた気にさせてしまうのが、さいとうさんの寿司の、おだやかな魔力である。
ネタがどうしたとか、書きたくないが、むらさきうに(ばふんうにも素晴らしかったが)をほおばった瞬間、自分がうにになった気がしたし、ゆでたてのえびの姿を目の当たりにしたとき、このえびはすめしを抱えたこの状態で生まれてきたのではないか、とも思った。
生まれながらの。寿司がそこにあった。

驚くべきは、追加した、づけと、いかを食べたときであった。
それぞれ、もう一度食べたいと思ったから頼んだのだが、いずれも印象が違っていた。
づけは、さっきより美味しい。さわやかだったいかが、今度は軽やかにしぶとい。
つまり、彼は、ひとつ、ひとつ、精神を集中しているがゆえに、生まれたての寿司を、生まれながらの寿司を、その都度更新しているのである。
これは断じてブレなどではない。終わることのない進化である。

帰るとき、一週間後の予約を入れた。
店でそんなことをしたのは生まれて初めてだ。

さいとうさんは野球をやっていたと話してくれた。
もし彼がピッチャーマウンドに立つ投手だとしたら、
食べ手はバッターかもしれない。
その超スローボールを打ち返すのではなく、空振り三振、いや、見逃し三振してしまいたい、などと帰り道、妄想した。
見逃し三振には、見逃し三振の心地よさがあるから。

かけがえのない充実した時間がもたらされた。
夢。のような一体感。
来週、その輪郭ぐらいには迫りたいものである。

7位

きむら (あざみ野、たまプラーザ / 割烹・小料理)

口コミ:18

二合目のお酒。(part.3)

  • 昼の点数:4.54.5

    • 料理・味 4.5
    • | サービス 4.0
    • | 雰囲気 4.0
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク -
  • 使った金額/1人(夜) - / (昼) ¥5,000~¥5,999

    | おすすめ用途

しかし、いきなりミシュラン★★とは。。。
驚いたぜ。


11月は逃したが、
12月はとにかく椀が最高。
が、刺身に力がなく、デザートもイマイチ。
メインは問題ないのだが、点数は下げておく。
それにしても、おせちが楽しみ!


以下は2008年10月昼のメニューについてです。

帰国記念に(笑)、久しぶりに妻と一緒に。
ぎりぎりすべりこみセーフで、10月メニューを味わえました。はっきり言って9月をしのぎます。(ご興味のある方は、お店のHPをご覧ください)
主菜のおかずが格段にグレードアップ。そして炊き込みごはんが秀逸。デザートも10月は頑張りました。なので、点数アップです。お酒は、もちろんスミノエと●●●●。
もう11月。今月も逃せません!


以下は2008年9月昼のメニューについてです。

「ベッカライ徳太朗」と「逸喜優」。この界隈では名だたる二店のちょうど中間地点に、このお店はあります。
昨年までは毎月のように通っておりました。メニューは月替わりです。これは現在も変わりません。言うまでもなく、8月と9月では違うものが供されます。
外観は敷居が高く見えます。が、中はやや・・・安普請です。素っ気無い内装に、ジャズ風のイージーリスニングが流れて・・・高級感をお求めの方は肩透かしをくらうかもしれませんね。空間的にスカスカしてて、いつも涼しいです。「ぬくもり」をお求めの方もさみしく感じてしまうかもしれません。
今年の前半は大きな仕事を抱えており、地元で昼食をとる時間的余裕がほとんどありませんでした。後半に入り、食べログに本格参加させていただくようになってからは自分史上空前絶後の寿司ブームに突入してしまい、すっかり和食から遠のいてしまいました。訪れるのは、今年初めてです。
ランチメニューは三種類。刺身なし、刺身あり、予約のみの懐石コース。
以前はいちばん安いコースが2000円(その前はもっと安かったらしい)だったのですが、3ヶ月ほど前に価格改定がされました。いきなりの800円アップです。妻は現在も毎月通っておりますが、「800円アップで価値が下がったかも・・・」と申しておりました。
私自身はCPというものの考え方がよくわからず、もちろん安ければうれしいし、何度でも行けるわけですが、「安いから、味はそこそこでも、価値がある!」という評価の仕方は、理屈では理解できるものの、まったく実感が伴いません(特にレビューするときは)。私がこの店が好きなのは、安いからではなく、「気軽に美味しいものを食べに行ける」からです。
とはいえ、唐突に800円(サラリーマンの一食分ですよ。お店によってはなかなかの定食が食べられたりもします)も値上げするという姿勢には驚きましたし、オイオイオイと思わないでもありませんでした。正直なところ、偉そうにも「どうなってるのかな・・・」というチェックする構えで伺いました。
いつも刺身付をお願いします。3000円だったものが3800円になりました。
「今日のお刺身は?」
「気仙沼の鰹、青森の平目、もうひとつは店長がいま選んでおります」
鰹は苦手ですが、このお店なら間違いがないと思い、今日もあえて刺身付にしました。
私は刺身があまり好きではありません。でも、ここの刺身なら美味しくいただけます。「刺身でござい」という押し付けがましさが皆無だからです。自己主張がないのに味わい深いところが気に入ってます。三点盛りですが、大きさも量も絶妙です。
お酒。メニューにないものを女将が紹介してくださいました。宮城のスミノエ。名前の響きが気に入ってお願いしました。辛口。ですが、ふくよかな甘さも、洗い流してくれるような酸味もあります。
先付。
私は先付というものが好きなのだということを思い出しました。フレンチでもアミューズが好きなのです。極端なことを言えば、アミューズ、前菜の流れがよくて、デザートがうまく決まれば、満足感は得られます。こういう人間がフレンチを語ってはいけませんね。私の食べ方の問題なのでしょうが、アミューズや前菜がよくても、その期待がメインで裏切られることがほとんどなのです。メインは・・・大抵野暮ったい。食べるのが面倒になります。決して小食ではありませんが、ときめきの含有度があまりにも足りない。野性味や重量ばかりにポイントが置かれていて、単調すぎます。まったく洗練されていません。
とにかく先付が好きなのです。先付が駄目なお店はもう……なのですが、こちらは今日の先付も素敵なものでした。
秋野菜の酢の物。土佐酢を下に敷き、黄身酢をトッピングしています。このサンドイッチが軽やかに涼しさを運んできます。私は酢の物が苦手な人間ですが、この一品はクールでカジュアル。大好きです。お酒との相性もばっちりです。
続く温物は、揚げ里芋と白身魚のきのこあんかけ。このお店のスペシャリテともいうべき逸品。椀を開けると、しょうがの程よい香りが食べ手を刺激します。うっとり。揚げ里芋の甘さは格別です。家庭的なやわらかさと、確かな仕事が伺える凛とした風情とが、豊かに共棲しており、思わず笑みがこぼれます。魚の皮の塩梅も見事。こちらのあんかけは私的には現在無敵だと考えております。
ここで刺身です。もう一点は、福岡のだるまいかでした。
案の定、鰹は当たりでした。私はまるで肉のように獰猛な鰹が好きではありません。ぎろぎろしたものをわざわざ食べたいとは思わないのです。こちらの鰹は肉厚に切ってはありましたが、見るからに上品でしなやかな風情です。食べるとやっぱりやわらかで、あの独特のくさみが一切なく、透き通った味わいです。鮪より、もっと食べやすい。
平目も、お寿司屋さんのように美味しいわけではないにもかかわらず、薄さ、大きさが私にはちょうど良く、お酒が進みます。
こちらのいかにははずれたことがありません。むしろ、刺身にいかが入っていないと、がっかりするくらいです。だるまいかは、歯ごたえのあるしっかりしたもので、甘いいかが好きな私にとって最高、というほどではないにせよ、比較的たくさん切ってあり、そのまま食べたり、醤油だけつけたり、山葵と醤油をつけたり、山葵だけで食べたりと、いろいろと楽しみました。切り身の中にゲソの先端が一本かくれんぼしていました。可愛いサービスです。
刺身の途中でお酒が終わりかけました。
「どうします?」
「あの・・・以前、二合目だけに出しているお酒があるとおっしゃってましたよね」
女将はにっこり笑って、そのお酒を持ってきてくださいました。
二合目だけに出している秋田のお酒があるのです。その話を聞いていながら、寿司に夢中になるまでは、食事の際必ず最初にビールを飲んでいた私は、この店でもやはりそうで、ビール、そしてお酒一合が定番となってしまい、この「二合目のお酒」は幻となっていたのです。
念願かなって、ついに。
こ、これは・・・水よりもはるかにやさしいお酒です。確かに、二合目だからこそ、美味しい。
私は日本酒に詳しくありません(いや、お酒全般に対して無知です。どんなに美味しいワインをいただいても、その名前が覚えられません。覚えようとする脳がないのです)。ですから、こんなことを書いても何の価値もありませんが、いままで飲んだ日本酒の中でナンバー2だと思いました。
ナンバー1は黒姫高原「ふじおか」でいただいた「鄙願」です。このお酒はその後、様々なお店でいただきましたが「ふじおか」で飲んだときほど美味しくなかった。「ふじおか」には三度しか行ってませんが、「ふじおか」の「鄙願」は不動の第一位だと信じています。
この「二合目のお酒」は、寄り添い方にやさしさとぬくもりがあって、きっと永遠の銀メダルになるでしょう。私は本当に美味しいものに出逢うと、「でも、これ以上のものがあるのでは?」とは思わないのです。「これ以上のものはないに違いない!」と思い込むのです。馬鹿だなあと自分でも思います。全然関係ありませんが、ちなみに血液型はA型です。(意味不明)
「今日はお弁当ですけど、おかずから先に出しましょうか」
女将が気を利かせます。
お弁当は、ランチの主菜の定番です。
こちらのお弁当は美味しいのですが、いつも弱さを感じておりました。
値段があがって、それぞれが少しだけグレードアップしたように感じました。
けれども、さわらの焼き物も、ごまがけ豆腐も、そのまま食べると、やはり弱い。
ところが、先ほどの「二合目のお酒」に合わせると、絶妙なのです。
「きむら」ならではの半熟玉子も、海老のアーモンド揚げも、煮物も、甘酢みょうがも、大根の漬物も、カラフルで華やかなのに、このお酒でいただくと、幽玄と言っていいほどの、鈍い輝きをまといます。
いちじくには感動しました。これで食事を〆てもよかったくらい。
こちらは、ごはんも、赤出汁も、とても美味しい。最上級ではないにせよ、とても幸せになります。
二種お茶が供されて、デザート。
デザートは試行錯誤がつづいていた時期もありましたが、ご主人は努力のひとなのでしょう。昨年後半からやっと落ち着いてきました。
ただ、今回は、手作りとはいえ、凡庸なアイスクリーム。悪くはないのですが、工夫や輝きのないものでした。残念。これが決まれば、五つ星を進呈してもよかったのですが・・・
お会計が終わると、ご主人が出ていらして、挨拶してくださいます。
今年こそはこちらにおせちをお願いしよう。そう心に決めて帰りました。

追記。

本日、おせちの予約をしました。
昨年逃して以来の雪辱戦。
楽しみ。日記で写真をアップするのが目下最大の夢。です。


8位

韓国家庭料理 タレ (あざみ野、江田、たまプラーザ / 韓国料理)

口コミ:13

  • 昼の点数:4.54.5

    • 料理・味 4.5
    • | サービス 4.0
    • | 雰囲気 3.5
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク -
  • 使った金額/1人(夜) - / (昼) ¥1,000~¥1,999

    | おすすめ用途

9月19日。

かなりあいだをあいて、三度目の訪問。
1130の開店と同時に、全22席のうち、カウンター2席とテーブルひとつを残して、すべて埋まる。まもなく満席になる。無論、全員予約。
アシストがふたりになった。女性三人の連携はなかなかの様子で、料理が出るピッチはかなり早くなった。とはいえ、メインを含めて計6品の破格ランチコースを平らげるには、2時間の余裕はもってほしい。
妻は1680円の石焼ビビンパ。私は1785円のきのこチゲ。
今日はメインまでの5品が完璧だった。定番のサラダ、チヂミの他、韓国家庭料理のポピュラーな食材を使ったものばかりだが、とにかくバランス感覚に優れている。チヂミは以前のものに較べると、かき揚げ風に変身し、野菜の美味しさが凝縮。特筆すべきは5品めの鶏肉と野菜の煮物だ。じゃがいも、ニンジン、玉ねぎの味わいは格別。日本の煮物とは似て非なるもの。どの料理にも唐辛子が用いられているにもかかわらず、まったく単調にならず、絶妙な甘さと、適度な奥行きのコーディネートが行き届き、他の追随を許さない。素晴らしい。
チゲはもはや無敵。えのき、しめじ、しいたけ、まいたけをふんだんに用い、最低限の牛肉だけで、抜群の味に仕上げている。
いつもは苦手なスーパードライもここでなら美味しく飲める。大瓶2本。家庭用冷蔵庫なのに、とてもよく冷えているのも、えらい。
点数をアップする。
近々ソウルに行くつもりだが、タイトルが「ソウルより、あざみ野。」に変更されるのも、そう遠い未来のことではないだろう。5つ★は、そのときのためにとっておく。


以下は2008年1月の記。

ランチは1600円均一。高くないどころか、断然お値打ち。なぜなら、ほとんどコースのような内容だから。
5つほどの選択肢から、鱈のチゲを選ぶ。そのメインが到着するまでに、5品の「おかず」が振舞われる。いわゆる前菜の類ではない。一品、一品、きちんと調理され、一皿ずつ運ばれてくる。アスパラの炒め物から、鳥の唐揚まで、一切手抜きのない5品にビールが快調に進んだ。
清冽な辛味といえばいいのだろうか。この店の味付けは、だるくなったり飽きがくるような単調な辛さではなく、かといって「韓国料理でござい」といったわかりやすさに傾斜したものでもない。ごま油の使い方、塩の加減。妥協もなければ、押し付けがましさもない。静かだが、揺るぎのない味わいだ。
そして、鱈のチゲは実に繊細。素材の味をここまで引き出したチゲは初めてだ。釜山(二度行っただけだが)で食べたどのチゲよりも旨かった。辛さと、微細な奥行きは共存する。ついつい忘れられがちな、料理の本質を教わった気がする。
料理人はひとり、給仕もひとり。大賑わいの店内を、たったふたりの女性が、ほとんど焦ることなく、むしろ悠然とさばいているその様も圧巻だ。素っ気ない内装。だが、この料理、この熱気があれば充分だ。たまプラーザ駅前近辺にある二店の韓国料理屋に行くくらいなら、バス代と移動時間をかけてでもここを目指すべき。開店に間に合わなければ、昼でも予約が望ましい。今月の超イチオシ店。

追記。

その後、一度行きましたが、最近はなかなか伺えずにいます。
もはや予約必須の店になっていると思います。
メインの選択肢はその都度変わります。
ちなみに、メインの食材は近くの安価なスーパーで購入したものでした!
カウンターに座っていたので目撃してしまったのですが、
料理人に腕さえあれば、スーパー食材で十二分なのですね・・・
感嘆しました。

9位

はつね (西荻窪 / ラーメン)

口コミ:263

初心。

  • 昼の点数:4.54.5

    • 料理・味 4.5
    • | サービス 4.0
    • | 雰囲気 4.5
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク -
  • 使った金額/1人(夜) - / (昼) ~¥999

    | おすすめ用途

大好きな絵本作家の原画展をみに、吉祥寺まで足を伸ばす。
今日が最終日。仕事がつまっており、何度かあきらめかけたが、なんとか駆けつけることができた。
小さな小さな絵本屋さんの壁に、18点。カラー作品の実物をみるのは初めて。
寸分たがわず想像どおりだった。
サイズも。色彩も。テクスチュアも。作品とわたしの距離感も。
ちょっとこわいぐらい。でも、あっけないほどに、イメージそのままで、その人の絵はそこにあった。

吉祥寺には気になるお店がたくさんあるが、脇目もふらず、西荻窪に向かう。吉祥寺からはJRで、ひとつ。

何年ぶりになるのだろう。
まだ先代のご主人が健在だった頃だから、かなりの年月が過ぎてはいる。
大好きな店である。
だが、ここで食べるためだけに何度も西荻を訪れたが、食べられたのはその半分ぐらいだけ。
いまはそうではないようだが、かつては営業日も営業時間も不定期で、行ってもやってないことが多かった。そういうときは仕方なく鞍馬に入る。申し訳ないが、鞍馬はすべりどめでしか行ったことがない。ここがやってなくても鞍馬はやっている。つまり、わたしはほぼはつねと同じぐらいの回数鞍馬に行ってるわけだ。あくまでも、すべりどめなのだが。(本当に、ごめんなさい)

ごく初期には、ラーメンやワンタン、チャーシューがらみも試していたが、基本的にここはタンメンの店だと思っている。
風邪をひいたり(わたしは馬鹿なので滅多に風邪をひかないが)、元気がなかったりしたとき、ここのタンメン大盛りを食べると、必ず回復した。体調が悪いとき、西荻に向かった。(やってなくて鞍馬のパターンもかなり多かったが)

ご主人のタンメンはもちろん美味かったが、奥さんの作るタンメンもなかなかだった。
ご主人のタンメンにくらべると、やや味わい的に桃色がかっていて、こころがまるくなった。

ご主人が亡くなり、婿に入った料理人(彼は日本料理を修業中だったが、ご主人の味に惚れ込んで、ラーメン作りを習ったというのは有名な話だ)が現在は後を継いだ、ということは聞いていた。
西荻在住の知人に会うたび、「大丈夫? はつね」と訊いていたが、彼女の答えはいつも「大丈夫。若主人がんばってるから。相変わらず美味しいよ」だった。
だから安心はしていた。だが、どうしても、足が向かなかった。その勇気がなかった。

はつねは、わたしにとって、とても大切な場所だったからだ。

西荻は、遠い。
やっと来れたという感慨があった。

午後二時すぎだっただろうか。
6席のカウンターは満席。だが、待っている客はわたしだけ。
店内の様子をのぞきこむわたしと、若主人の目が何度か合った。眼光が鋭い。
しばらくすると若主人が勝手口から外に出て、注文を取りに来る。

「タンメン」

ずっと「タンメン。大盛り」だったが、今日の気分は大盛りではなかった。はつねのタンメン自体、かなり久しぶりだが、普通盛りはさらに久しぶりだ。

ほどなくして中に通される。右から三つ目の席。ベストポジションである。ご主人の動きの全貌が見渡せる位置だ。

店内も厨房も驚くほど変わっていない。
ご主人がいないことが、少し信じられない。
若主人の動きは、先代にくらべれば、はるかに迅速で、丁寧で、調理に関しては慎重だ。最終的にちょっと何か手を加えるあたり、イマ風というのか、二代目なりのこだわりも垣間見える。
しかし、行列が立て込み、席が開くなり、店の合図も待たずに強引に中に入ろうとする客にリズムを狂わされる一面もある。連日行列、待てない客も多いだろうに、さばきも、あしらいも、まだまだ慣れてはいないように思える。
しかし崩したリズムを立ち直らせるスピードとしぶとさがある。その様に好感をもった。
立ち直らせようとする瞬間、彼の初心が見えた。

盛り付けは完璧。ある意味、ご主人を凌いでさえいる。
野菜が増えた気がする。
印象として、先代のタンメンは野菜と麺が半々だったように思うが、いまは野菜の中に麺が隠れている・・・そんな感じだ。
スープ。
ゆるぎなし。
はつねのタンメンの何が優れているかと問われれば、スープの温度と味わいの優しさの共存、とわたしは答える。
鋭く突進してくる激しい熱の中に、たとえようもない優しさが秘められている。
だから、舌を火傷しそうになりながらも、次から次へと食べてしまう。なぜなら、そうしていなければ、かけがえのない優しさがどこかに飛んでいってしまうかもしれないと思わせられるからだ。逃すまい、逃がすまいと焦りながら、わたしはいつもタンメンを食べる。
キャベツ、ニンジン、もやしというシンプルな具も、ほぼパーフェクトと言っていい。量は増えたが、スープとの渾然一体感、あぶらの加減も絶妙だ。やっぱり、元気が出る。
麺はやや力がないかもしれない。野菜に包囲されていることも影響しているが、存在感として、やや細くなった印象がある。もちろんマイナスではない。これはあくまでも先代との比較の話で、料理としては、これはこれで完成している。
唯一、欠けているものがあるとすれば、最後のスープを飲み干すときまで温度が持続しなかったことだろうか。わたしの食べるスピードがかつてよりダウンしていることも大きいが、最後の一滴を飲むときに、先代のタンメンが終始維持していた透明感がやや薄らいでしまっていたことに、気づいた。
温度と透明感を、最後の最後までキープすること。これができれば、★5つである。

あれだけ真剣に料理している若主人だ。そんなことは百も承知だろう。
継いでから数年が経つ。だが、彼はいまもなお、初心を忘れず、厨房に立っている。
信頼に値する料理人であり、信頼に値する店である。

再訪してよかった。


追記。

わたしは、この店を知ってから、ラーメンに一切胡椒をふらなくなった。
萬樹を知って、うどんにまったく七味を使わなくなったように。

10位

ほかけ (東銀座、銀座、銀座一丁目 / 寿司)

口コミ:30

ばらちらしの結晶。

  • 夜の点数:4.04.0

    • 料理・味 4.0
    • | サービス 4.5
    • | 雰囲気 4.0
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク -
  • 使った金額/1人(夜) ¥4,000~¥4,999 / (昼) -

    | おすすめ用途

ちらしずしシリーズその1.

お持ち帰りのみでレビューする厚顔無恥をお許しください。
お盆のど真ん中に営業しているだけでもありがたいのに、お店に伺ったこともない完全一見の自分のいきなりの電話に快く応対してくださったお姉さんにまず感謝。
考えてみれば「今日、ちらしのお持ち帰りできますか?」と唐突に訊くなんて失礼にもほどがあると思うのですが、欲望最優先で、やっちゃいました。
普通の「ちらし」もできるとのことでしたが、夏場だし「ばらちらし」を二人前お願いしました。
しばらくしてから、ナンバーを告げたケータイに電話があり「折は一緒にしますか。一人前ずつにしますか」と。いいなあ、この心遣い。最初に言ってくれれば、とは露ほども思わなくて、時間差でこう尋ねられたことで、こちらの期待は静かに高まります。一人前ずつでお願いしました。このお姉さんには失礼なところが一切ない。ほんとに気持ちよかった。
お昼の営業時間前に予約を入れ、1800すぎに来店。
ナイルレストランのならび。こんなところに移転してたんだ。
思っていたよりも、ずっと小さな店内。カウンターで、男性客ふたり(それぞれひとり客だったと思います)が寿司をつまんでいるのが見えました。
お姉さんはやはり素敵な方でした。
住所も電話番号も以前の店舗のままの、美しいグリーンの紙袋に「ばらちらし」はおさめられてありました。二人前で、8820円。
店を出るとき、ご主人もお弟子さんも、きちんと挨拶してくださいました。本当にすがすがしいなあ。必ず来訪します。そう言いたかった。

「冬季」さんの写真を見ていただければ、実は何も言うことはありません。
折を開けると、笹で覆われており、底にもやはり笹が敷き詰められていること以外は、この写真の通りです。「冬季」さんが訪れたのは旧店舗のようですが、少なくとも「ばらちらし」に関しては、何ひとつ変わっていないと思います。
ただ、写真から想像するイメージより、はるかに美しいことは強調しておきたいです。
盛り付けのバランスは、雪の結晶に匹敵するほど、完璧だと思います。
具はこれ以上増えては百花繚乱と化す寸前で抑止されており、そしてちらし方も装飾華美に陥ることなくニュートラルな艶やかさを携えている。
視覚的な感動ポイントはきゅうりにあると思います。「ちらし」というものを私はこれまで、あくまで色彩設計の中でしか捉えていませんでしたが、この逸品は形状や凹凸も含めたデザイン性の豊かさを教えてくれます。テクスチュアはもちろん、奥行きを感じさせるのです。
話は脱線しますが、かつて、レコードからCDに音源が移行し、アルバムジャケットの概念は大きく変貌しました。ジャケットが一枚の画やカバーであるだけでなく、そこにパッケージという考え方が持ち込まれたのです。日本のCDジャケットを大きく更新させた信藤三雄はこう語っています。「CDが化粧品みたいなパッケージでもいいと思った」。
私にとって、この「ばらちらし」はそれぐらいインパクトがあるものでした。
CDもそうですが、サイズの問題は重要です。CDというサイズになったからにはレコードと同じことをしていてもあまり意味がない。そのサイズに相応しいデザインがきっとあるはずです。
お持ち帰りの一人前「ばらちらし」は、小宇宙だと私は考えます。掌に小宇宙。
蛸の優しさ。こはだの寄り添い方。あわびの支え。
さり気なく、そこに居ること。自己主張せずに、黙って手と手を取り合うこと。睨まないで、見守ること。
穏やかなすめしでした。たまごも、おぼろも、優しいけれど、甘くない。
さわやか。
全体の印象を一言で包容するとすれば、これに尽きます。
どちらかと言えば苦手だった奈良漬も、すこぶるさわやかでした。

しばらくお持ち帰りの「ばらちらし」にはまりたくなりました。
ありがとうございます。