これらの口コミは、セキノサトシさんの主観的なご意見・ご感想です。あくまでも一つの参考としてご活用ください。
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一度すべてが壊れる必要があった。
黒トリュフに取り憑かれてしまった僕が、
生きている今は世紀末か、いや未来世紀か。
その二つの時代で板挟みになっているこの現代に、
僕は黒トリュフを見つけたよ。
大切な〈情報〉を抱え込んでいるトリュフを見つけてしまった。
嗅いではいられず、口の中に運ばなくてはいられない。
僕は時代の片隅に落ちていた、黒トリュフを、探し出してしまった。
もはや素通り出来ない。
もはや黒トリュフを素通りも出来なければ看過も出来ない。そして愛するしか道はない。
黒トリュフの、あなたの香りと情報を手に入れるまで、
僕は必死に自堕落に、隠匿の限りあなたを追い求めた。
いつだってあなたは,隠され続け、自らをも隠し続けた。
それは、大切な、情報を持っているから。
あなたは隠され続けた。あなたの香りは魔術的を遥かに超えるものを手に入れてしまった。
僕はもはや逃れられなかった。
この香りを考えるだけで、僕は持ちうる思考の中だけでも十二分に官能的過ぎて、
当日現実になるのが恐かった。
僕の中の官能性は、この料理の官能性を受胎出来るのか。否か。
審判は下される。
その黒トリュフを、スライスでもなく添え物でもなく、
「そのまま」をいただく事。
いつも薄くスライスされる運命になるこの黒トリュフを、「厚く!」食べる事。
これが僕が取り憑かれて離れられなかったイメージだ。
厚く、そのままをコリコリいただく。トリュフにフォークを入れる。
その全能感。幸福感。飢餓感をしたかった。
これだけイメージが先行した料理は今までに一皿もなく、これだけ物語が先走り、
食べる前に文章が象られた事もない。
僕はもはやその自分が書いた文章に、自分が持ち得たイメージに後は近付くだけだった。
もはや、先行と遅行は同一になる。
思考と実践は混在した。
これが人として生きる最大/恢復的/病的/全能感/失望感、すべてを含んだ、
人生最大の贅沢な事だった。
そして、僕は、黒トリュフのパイ包みを食べる事になる。
いや、食べたのはいつか。定かでない。食べる事を夢想していた時間があまりに長かった。
斉須シェフのコートドールでいただいた。
官能度が最高のこの二月中旬。香りも状態も最骨頂、例年よりも状態はいい。
黒トリュフのパイ包み。
序章/助走期間がいつからか終わり、現実的にこれを前にし食べた時。
(予想通り、と言うのも適切でないが)僕は根本から壊れてしまった。
壊れる事を予想/期待していた、の、に。だ。
目眩、め、まい。どこか分からなくなり僕は声を発せなくなる。
目の前の連れが口にする感想を遮り、僕は目を閉じる。二重に瞼を閉じる。
感覚的な瞼はいくつもあり、遮断するには術がいるのだ。
まずはパイを纏ったままの状態での香り、
優しく遠い日の従兄弟の匂い。
許嫁を決められていたはずの従兄弟の匂い、それもその子が少女から大人になる時の。
それは同列で男の子にも当てはめてもいいが、僕が女性にならない限り到達し得ない。
パイを拭う。パイを剥ぐ。パイを脱ぐう。
そしてそこで姿を晒してくれた、黒トリュフの固体、こ。たい。
すぐに超越的な香りは来るも、いつも味覚遅延者の僕は、
後半になり、急遽、黒トリュフの香りが爆発した。
パイを拡げ、トリュフをお目見えさせる形が一番香りが官能ってくると思う。
間に挟まれたフォアグラが、贅沢にも媒介の役割をここでは買って出る。
僕はこの中盤。本当に喋れなくなってしまった。
全身から神経が遠のき、時がぴしゃりと切られ、僕は時計も地図も神経もなくし恐くなった。
そしてさらには感動や情熱や場所などがどんどんと失われていく。
失われて、い、くのだ!
次第に、どかんと訪れた欠乏感。
欠乏感が僕の身に訪れた。それも完璧さを伴った欠乏感。
寂しくないし、虚しいだけでなく。村上龍はトリュフを次々と飢餓感と恐怖と至福を生み出す完璧なメディアだと表した。僕はその表現に敬服し、言葉を循環させてもらう。
だれのまねごとでもなく、ほんとおうおうに、欠乏していく。
とおおく、ふかくあく、ほんとおうに。
武者震いも出来ない、人生初の感覚。
僕は気付けば、僕自身が用意(予想、期待)して勝手に作られていた、
物語の主人公通りになってしまった!
その他の料理内容を付すと、
シェフ定番「赤ピーマンのムース」のアミューズで始まり、
「ダニエル風オマール海老のテリーヌ」、「ホワイトアスパラガス」
ここで黒トリュフが来て、「平目のロースト」「牛の尻尾の赤ワイン煮込み」で素晴らしく締め、
デセールに「苺のスープ」と今宵のお皿達。
そして実は今日の嬉しい収穫はもう一つある。
この中のオマールのテリーヌ。これには正直〈美味/美食〉という線上では黒トリュフを上回る。
いや、今まですべてのお皿達の中でも。素晴らしい。
ランブロワジーのシェフの奥様に捧げたスペシャリテがここで甦る。
本当に素晴らしい。打ちひしがれる程、美味い。
帆立とミクスチャーされたこのオマールのテリーヌが至上最高にとろける。
黒トリュフ前にこれだけの感動をもらえるとは思ってもみなかった。
この他のシェフ定番の赤ピーマンのムースも牛テールも本当に美味しかった。
苺のスープも初めての世界で、デセールとして大満足。
ここコートドールではすべての会話が美しく、ギャルソン、ソムリエ、ソムリエールが発する言葉に
何度感動したか。同じ意、でこう変わるという美しい妙。
本当にありがとうございました。
再び、時計の針を少し戻す。
・・・
一度すべてが壊れる必要があった。
今までの自分をどこかへ捨て去る必要があった。
そして同じ壊れる/壊すならば、美しく、そして官能的に壊れたい。
黒トリュフによって壊れるなら本望だ。
今宵は革命前夜(ベルトリッチリスペクト)。すなわち自らの誕生日前日。
僕は正月よりも大晦日。にゾクゾクするたちなのだ。
迎え撃つという精神性が高いみたい。
そして、僕はまたいつものようにレストランに向かっていた。