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まるで毛布にくるまれたみたいな。まるで雲隠れ中の身にでもなったかのような。そんな気分になる上野の杜に佇む、ここ韻松亭。二階のカウンターはこの世の中でも最も落ち着けるカウンターで、カウンターテーブルの温もりある木から息遣いが聞こえる。昼のみの訪問なのでまだなんとも言えないけれど、僕はここのお豆も、豆腐も、繊細な料理達もすべてが気に入った。牛蒡の湯葉巻き、豆入りご飯... 続きを読む
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近年の名古屋経済の活況の理由はいくつかあれども、そのうち主たるものとして、名古屋の方のメンタリティに依る所があると思う。すなわち、自負。自信。日本が失いつつある自信という言葉が、ここ名古屋にはある。好きなんだ。という事。自分の地元を。力強く、自信持って、愛せるか。という事。それらがここにはある。日本の中心に位置する地理的特権性。かつて戦国時代の武将的争い... 続きを読む
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埋めつくされた、鰻。切り刻まれ、瞬発力と濃密さを取り戻した鰻。そして、ほとばしるパリパリ具合。僕は瞬間的にここに恋をし、やっと出会えた喜びに浸る。何も用意も、準備もしていなかった。名古屋でどのひつまぶしを食べても、いつもどこか満たされなかった。絶対的な文化はどこ行ったんだろう、と思ってた。そんな期待感が薄らいでいた時だからこそ、不意に訪れる。不意に訪れ、... 続きを読む
生のうどんを直にそのまま煮て作る、煮込みうどん。茹でる行程を省けたのは、粉と水だけで作ったうどんだから。初めて食した時は衝撃だった。うどんの弾力が初めての強さ。張り。だった。そして何よりこちらの赤と白調合のお味噌。僕は名古屋の味噌が大好き。それらが相まっての、噛み締め流し込み。ほくほく感、しっかり感。どこのデパートにも陳列していない。非線形の味の方向性。... 続きを読む
味覚ってものの中で、純粋に味覚だけを抽出するという事。これが出来る人はどれくらいいるのだろう。すなわち、そのものを一緒に食べている人。その日のあらゆる環境。思い出。自身の体調、精神的状態。空間、時間、場所。過去、現在、未来。それらが調和し、破裂し、相交わって、五感総動員で味わうのも食とするなら、バイアスは至る所にかかるとも言える。それを承知で言うなら、こ... 続きを読む
やはりすし善ではここ円山の本店。しかもメインカウンター(雪と名付けられた)がいいと思う。平日だったのもあるのか、カウンターでゆっくり一人の職人の方に握って頂けた。付きっきりの贅沢感。と程よい緊張感。水菜のお浸し鮑帆立の刺身本間まぐろの刺身煮ダコキングサーモンの刺身前菜、刺身を握りの前に頂く。帆立の、手で割かれた味のしっかり感。キングサーモ... 続きを読む
ここの料理は、圧倒的な安定感を醸し出している。その進化にも驚いている。山本さんはもっともっと進化されるんだろう。もちろん僕に言われるまでもないけれど(笑)例えば。生うにの磯辺揚げ、この一皿。寿司屋で、雲丹は海苔で巻いた方が旨味が凝縮するんだよと教えられた事を思い出した。やはり完璧に旨い。舌触りがするすると溶けていく。雲丹と海苔が戯れる。僕がここ龍吟においては... 続きを読む
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今年国の重要文化財に指定されたばかりの、勝鬨橋、永代橋、清洲橋の三橋を散策後、宮川本廛へ。両性具有的な勝鬨橋、男性的な永代橋、女性的な清洲橋。この三つの橋は(どれもが悠久の美に還元するかのようで)もはやこの世の(この時代のという意味で)ものとは思えない。さて、宮川本廛。丼で提供される(重箱でも有りのよう)鰻は、鰻のまろやかさと、切れ味とが普遍的な比率で結晶している。... 続きを読む
本店に行く予定が、伝馬町からのルートで最初に見えたのが本店だと思い支店に入店。痛いミスディシジョン。支店がこんな至近距離にあると思わなかった。また電話で確認したにも関わらず、不安的中。行列の多さ。待つ間、熱田神宮へ向かう事に。ここ神宮では本宮を本宮と思わず、通りすぎようとしてしまった。先程と対を成すミス。目的に気付かず通り過ぎるか、または手前の似たものに巻かれてしまうか。い... 続きを読む
櫃まぶしとは、炭でしっかりと焦がした鰻を幾層ものタレに付け(まくり)そして細かく切り(まくり)、ネギ、山葵、海苔を皮膜的に被せる(まくる)という、何とも祝祭的/火祭的な所がある(と思っている)それが(日本ど真ん中祭りを行う)名古屋の独自路線の極みで、東京にも大阪にも作り出せなかった。鰻が細かく切り刻まれる事により、櫃の中で隙間が生まれ、またそこを米と絡み合い埋め合っ... 続きを読む
ここの平壌冷麺、これは旨い!この蕎麦粉とでんぷん粉を半々で作ったこの麺は、すべてが絡み合って、ほぐれ合いましょう状態になっており美味。弾力、歯触り、まとわり付き具合。これらすべてが合意している、美味を目指すという点で。またこの黄金色のスープは、大根漬け(キムチ)の漬け汁と肉汁(肉のスープ)の融合で、高い次元で飲み物として成立している。細切りの錦糸玉子などを崩... 続きを読む
鰻をこよなく愛する僕は、江戸風も関西風のどちらも好んで食べる。その背からか、腹からかで割くという事、また蒸すか蒸さないかという事。これらで江戸と関西の文化の違いが凝縮しているようで面白い。意外にも大阪は関西風の鰻屋さんばかりでなく、江戸風で提供している所も多い。また東京でも関西風のお店もあり、その垣根はもはや絶対ではないものの、やはり大阪に来れば関西風であろう。... 続きを読む
北の江戸との境となる千住大橋、また千住宿、素盞雄神社。あらゆる混合/順化された風が舞っている南千住。尾花の北側。これらの北の持つ重みを少しだけ南下させた所に位置する尾花。またそのさらに南には泪橋<その由来から併せ持つ物悲しさ>を抱え、立地的に然り。どしりと構える明確な区画に配している。「行春や鳥啼魚の目は泪」と芭蕉はこの地で詠んだ。尾花は位置する小径からい... 続きを読む
穴子を求めて、左可井へ。鰻をこよなく愛する僕は未だ穴子への接し方には困っている。鰻に比べて穴子の持つ一種の〈細さ〉にいつもたじろいでばかり。そんな穴子(穴子丼)もこの左可井にかかれば、特製ソースとともにニンマリの味わいになる。いつからか一軒家で始めた、鎌倉駅からもかなり離れたこの店は、いつの間にか名店になっていた。鎌倉駅周辺の観光客を手合いにされている所で食事をするなら、僕... 続きを読む
麻布十番の鳥居坂近くに位置するこちら「天冨良よこ田」通りからほのかな天婦羅の香りがするも、感覚的に食への意識がなければ素通りしてしまいそうな佇まい。現に今までの僕がそうだった。麻布十番によく通っていても気が付かなかった。食へ溢れる愛を持つ人だけが辿り着ける名店というのは存在すると思う。例え通り沿いにあろうとも、そういった人/感性の前でのみ姿を現すかのようで。僕は... 続きを読む
天丼。お昼から岩井さん自ら揚げてくれる贅沢感。海老、糸引く蓮根(凄い!)、アスパラガス、茄子、鱚、かき揚げ。それぞれの饗宴は、鮮やか。ご主人の立ち振る舞いをほとんど敷居のないカウンターから眺められるのが素晴らしい。新しい天婦羅粉を作り足す作法/技術も美しい。カウンター席に乗り合わせたそれぞれが、視線/眼差しを一緒にしているのもなんだか微笑ましい。
台風の最中、どうしても食したくて西麻布まで。五代目の野田岩本店。台風から避難するかのように、なかなかの人の込み具合。これは粋なものだ。災害からフィルターされた空間でただ一緒のものを喰らう人達。ちょっとした乗り合わせた運命共同体。名物の志ら焼きをチョイス。ご飯、香の物、箸休め、肝吸いとともに。天然鰻がウリのこちらの白焼きだが、実はそこまでズドンとくるものはなかった。あれ?... 続きを読む
新宿区の水道町と文京区の水道を間違えて(笑)予約時間より少し遅れての訪問。関東大震災で被害に遭いながら、生き長らえている名店。震災前と後では少し場所を変えるも、神田川(旧江戸川)の風情を面と残す。そして外観の変わらないレンガが郷愁を誘う。いつものごとく、無心になって鰻が運ばれるのを待つ。時間がかかることでも有名な石ばしさんだが、その時間さえも悠久に帰する魅力が鰻には... 続きを読む
浅草の鰻の名店、色川へ。店内に入ると、初めてにも関わらず「おう」と出迎えてくれる。さすがに何かと有名なここのご主人。この一言でなぜか衣服のような居心地のいい幸福感に包まれる。落ち着くのか/落ち着かないのか分からない店内は、色んな意味で人を/時間を選ぶのだろう。古びた団扇のパタパタする仕草が何とも言えない風情を醸し出している。これが、すべてなのかもしれない。... 続きを読む
神田明神の麓にあるこちらの明神下 神田川日本で随一と評されるこちらの鰻、果たしていかがか。まだ今の自分では早いかなという思いが訪問前に頭を掠めるも、何かに付き動かされるかのようにして出向く。それくらいの圧倒感は予約時からして存在した。ウェブや書籍の風評から存在感を感じていたと言っては風情がない。出来れば、自分だけの嗅覚で嗅ぎ分けていきたいと切に願う。それにしては... 続きを読む