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'06/09/08 ('06/09訪問)
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コメント(2件)
'06/09/09
近代市民革命で国王を処刑し、王室付きの料理人や芸術家を市中に解き放った仏蘭西。これに対し、立憲君主制と云う形で国王を残した英吉利。
永らく禁裏と呼ばれた空間に居た方々が、明治維新で薩長政権に祀り上げられ、戦争に負けると一転GHQの占領政策の手段として利用される。数日前には皇族男子誕生の馬鹿騒ぎ。
旦那衆、旦那遊び、なるもの、少なくとも我が家に関する限り祖父の代まで。さりげなく仲居さんに心付けを渡すなんてのも去年亡くなった伯父や、寝たきりになっている伯母の代位まで。粋な旦那遊びの出来るなぢらね宗匠がつくづく羨ましい。
お金さえ払えば、誰しもが歓迎される高級店って、ひとえに近代市民革命の所産にして、本来、格式の高い店の敷居は高くて当然だと思います。そうした店にはそれなりの作法があっても然るべき。
一見で断られたり冷遇されることを悪く言う人もいるけど、先ずはそれなりの作法を身に着けてからでないと話になりませんよね。
永らく禁裏と呼ばれた空間に居た方々が、明治維新で薩長政権に祀り上げられ、戦争に負けると一転GHQの占領政策の手段として利用される。数日前には皇族男子誕生の馬鹿騒ぎ。
旦那衆、旦那遊び、なるもの、少なくとも我が家に関する限り祖父の代まで。さりげなく仲居さんに心付けを渡すなんてのも去年亡くなった伯父や、寝たきりになっている伯母の代位まで。粋な旦那遊びの出来るなぢらね宗匠がつくづく羨ましい。
お金さえ払えば、誰しもが歓迎される高級店って、ひとえに近代市民革命の所産にして、本来、格式の高い店の敷居は高くて当然だと思います。そうした店にはそれなりの作法があっても然るべき。
一見で断られたり冷遇されることを悪く言う人もいるけど、先ずはそれなりの作法を身に着けてからでないと話になりませんよね。
'06/09/10
>酔狂老人卍さま
>お金さえ払えば、誰しもが歓迎される高級店って、ひとえに近代市民革命の所産にして、本来、格式の高い店の敷居は高くて当然だと思います。そうした店にはそれなりの作法があっても然るべき。
…とは言え「お店の作法(お店側にしろ、お客側にしろ)」が通用しなくなってくれば、おのずから、この類のお店にしたところで「変わっていかざるをえなく」なるんだろうな、とは、思います
すなわち、「旦那あそび」が、「お金を払ってくれるお客」にとって、魅力的でなくなれば、「存続」のためにお店側がその「嗜好」に擦り寄るか、或いは、店を閉めるしかない、ということ。
個人的には「つまんねぇ世の中になるナ」と、思わないでもないのですが、このわたくしの感慨じたいが、「時代遅れ」かつ「男性主義(と、いうか男性趣味だろうか、ねぇ)」であることは、重々承知しております。
>お金さえ払えば、誰しもが歓迎される高級店って、ひとえに近代市民革命の所産にして、本来、格式の高い店の敷居は高くて当然だと思います。そうした店にはそれなりの作法があっても然るべき。
…とは言え「お店の作法(お店側にしろ、お客側にしろ)」が通用しなくなってくれば、おのずから、この類のお店にしたところで「変わっていかざるをえなく」なるんだろうな、とは、思います
すなわち、「旦那あそび」が、「お金を払ってくれるお客」にとって、魅力的でなくなれば、「存続」のためにお店側がその「嗜好」に擦り寄るか、或いは、店を閉めるしかない、ということ。
個人的には「つまんねぇ世の中になるナ」と、思わないでもないのですが、このわたくしの感慨じたいが、「時代遅れ」かつ「男性主義(と、いうか男性趣味だろうか、ねぇ)」であることは、重々承知しております。
- :料理・味、
- :サービス、
- :雰囲気、
- :使った金額(夜)/1人
- :使った金額(昼)/1人
- :おすすめシチュエーション








くるま(ここではタクシのこと)で店先に乗りつけ、広大且つ、手入れの行き届いた庭園を通り、部屋に着き、履物を脱いで座布団に腰を落ち着かせ、改めて壁に大きく切られたガラス窓から、庭をながめる…と、「いやまぁ、これこそお大尽というやつだよなぁ」としみじみと感じる。
料亭、である。我が柳都の誇る「グランド・メゾン」と言ってもよいかもしれない。或いは店全体に漂う「伝統的旦那趣味」を鑑みると、英国の「クラブ」の翻案ないし相似、と言うほうが近いかもしれぬ。
この類のお店の場合、一応「料理屋」というカテゴリには入るが、お料理や酒の「味わい」につき、云々するのはあまり意味が無く、冒頭に書いた庭園の見事さ、無駄が無く、シムプルでありながら豪奢を感じさせる部屋の普請、そして柳都ならばこその「芸者衆(これは勿論、別料金)」の接客…それら全部によってかもし出される「場の妙」や「におい」に身をゆだね、「浦島太郎の竜宮城ってのは、もしかしたらこんな感じだったのかしらん?」なんてことを思いつつ、「夢のような時間」を過ごすのに価値観を見出してこそ、本筋というか、本質をとらまえる事になるのではないか、と、考える。
…のだけれども、それでは「食味批評」にならねぇぢゃん、なので野暮を承知で簡単に。
お料理は本膳の流れをくむ、本格の会席料理、というか宴会料理の、上等中の上等。その調理作法には一切の「変化球」はなく、あくまで「酒を呑む場での適切さ」に徹している。
お盆に数種、盛り込まれてくる「前菜」は、それぞれ実に「輪郭のはっきりとした」味付けであるいっぽう、「あとあじ」がごく軽く、猪口の酒(当然、「燗」でいっていただきたい。当店の場合、何も言わなければ「朝日山」が提供される)で舌を洗うたび、「さらり」と消えてしまう。
「お椀」の味付けも、このカテゴリの料理の「基本」に忠実。出汁の「旨み」と吸い口や具の「歯応え」で口腔内をくすぐり、「さ、酒を呑むぞ! 」という気分にさせられる。
「焼き物」は時期のおさかな、「煮物」も「はしり」なり「旬」なりで、季節を感じさせる野菜たちが中心。
「驚くべきこと」はないかもしれないが、逆に「ココロの波立ち」を覚えることもないので、「たかがお菜(失礼! )」で気持ちに負担をかけずに済み、「時間の流れ」に酔い続けていられる。
料理の一品一品は、イマドキの「美味しいものをチョットずつ」などという発想は、まったく取り入れられておらず、「いいおとなが満足できる過不足の無い量(つまり、現代の水準で言うと、やや大きめ)」
これも「料亭」というところは、オンナコドモ(これまた失礼! )が来るところじゃないんだよ、といった「旦那原理主義」が貫かれているような気がして、しょうがない。
そして勘定。 「浮世の醜悪を一切見ないで済み、ここにいる間、イヤな事は忘れていられる」装置への対価は、やはりそれ相応だと覚悟しておかなければならないだろう。
すなわち、料亭とは「性別」や「年齢」によって、さらには「勘定」によって客を「選別」し、そこで「抽出」された「旦那衆」という、現代の「絶滅危惧種」にのみ、「この上もない時間と空間」を与え続ける場所なのであろう。
誰にでも調和する種類の店ではある「わけがない」 とは言え、一度経験してみるのは、悪くない事なのかもしれない。
アナタが中年以上の男性であれば。その意味でオススメ